WWEをエンターテイメント路線に導いた立役者のひとり”親日家”シンディ・ローパー 2016/11/26
親日家シンディ・ローパーはWWF(現在のWWE)をエンターテイメント路線に導いた立役者のひとりである。

飛行機で、偶然にキャプテン・ルー・アルバーノ(シンディのプロモにレギュラー出演・画像右)と隣り合わせたことがきっかけである。

1984年夏、彼女は全日本女子プロレスにも来日していたウェンディ・リヒターのセコンド役として登場し、アルバーノと代理戦争繰り広げた。
※写真はウェンディ・リヒターとシンディ
レッスルマニアにおけるレイラニ・カイ(セコンドはWWE殿堂入りしたファビュラス・ムーア)VS ウェンディ・リヒター(セコンドはシンディ)の一戦・・・レイラニ・カイ、ウェンディ・リヒターともに、全女の常連外国人選手だった

かたや、新日本プロレスで人気者となったハルク・ホーガンが、1982年『ロッキーⅢ』で”サンダーリップス”役に抜擢され、シルベスター・スタローンと対決し一大ムーブになった(『特攻野郎Aチーム』のミスターTも出演。主題歌はEye of the Tiger/Survivor)。

ビンス・マクマホン・ジュニア(ビンスのこと)は、遠征先の日本までホーガンを訪れ、将来のエンターテイメント路線の主役として口説き落とした。
1984年1月、ホーガンはボブ・バックランドを破ったアイアンシークを倒しWWFチャンピオンになる。

Girls Just Want to Have Funが全米第2位になった1983年9月の翌年の出来事である。
グーニーズのテーマのプロモでは、ルー・アルバーノのほかに、当時プロレス団体WWF(現WWE)所属のロディ・パイパー、アイアン・シーク、フレッド・ブラッシー、ニコライ・ボルコフ、女子プロレスラーのウェンディ・リヒターとファビュラス・ムーア、グーニーズ映画監督スティーブン・スピルバーグ、グーニーズ(映画のちびっこ軍団)、バングルス(挿入歌がシンディのシングルのB面になっていた)、そして彼女の母親とフィアンセが出演している。







