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【日常】オレは家系ではどの血筋なのか? 2022/01/09

オレは誰に似たんだ?


①両親
両親の好きなところがない。
嫌いなところばかりで、その血筋であることに大きなコンプレックスがあった。
先天的なものはわからないが、全て否定させてもらって完成したのが今のオレだ。


よく「オレはあんな親は嫌いだ」「あんな親には似ていない」という人がいる。
それを聞いた周囲は「本人が気づいていないだけだ」と嘲るもの。
だが、オレは全て”結果”を残して否定してきた。
両親はなんの結果も残さなかった。


兄、父方、母方の親戚はみな「力は似ていない」という。
当たり前だ。


兄は性格が父親にそっくりだ。
中年になってから顕著で、生き方まで同じで、専業主夫をやっている。


②父親の親戚筋
沼田市の武士(家老)の家系。
祖父までは代々学校の先生をしており、祖父は校長だった(戦時中は朝鮮総督府平壌にいた)。
父親は9人兄弟妹の次男で、長野県の地主に養子に出された。
父親の親戚筋にオレと似ている性格の人はいない。


③母方の親戚筋
難波の商人の出自。
母は3人兄姉妹の長女で年が離れた兄と妹がいた。
祖父がとんでもない遊び人で怠け者だったという。
妾3人を侍らせた遊郭(今里新地)の経営者だった。


祖母はお茶の水女子大学出身の超エリートで、母と同じく、60歳を迎える前に他界して、オレは会った記憶がない。


母の兄は京都大学法学部のスーパーエリートだ。
父親の職業から差別され、キャリア官僚になる夢断たれ、京都市役所勤務だったと聞いている。
母、妹ともに、お嬢様学校(京都の松蔭女子高校)出身。
母が兄の悪口を散々言っていた。
「人でなし」「薄情」と。
京都大学出のお兄さんは、祖父が他界したとき葬式には訪れず遺品もいらないと拒んだという。
母が他界したときも葬式には来なかった。
オレは一度だけ会った記憶がある。


母はオレが社会人になって、仕事で出世する姿を見て、オレを誉めるどころか、毎日、罵声を浴びせ続けてオレを家から追い出した。
兄から聞かされた母のオレに対する口汚い悪口は、京都大学出の兄に向けた悪口と同じだ。
実母からの妬みだ。
こんな母を誰が尊敬するかって。
オレはたぶん、母の兄に似ており、学力面からも祖母の家系の血筋と思う。


親戚と縁を切り、家族というものが一番鬱陶しいしがらみと思って生きてきたのは、母方の兄とオレの共通項だ。
束縛を受けないオレの生き方は、松本家のしがらみ否定から始まっている。
毎日、父親が飲んだくれて、母親と殴り合う状態を小学校3年の頃から見てきた。
母親の憂鬱な姿と、恩着せがましい文句を聞き続けた。
ひとりで生きて行くための防衛…
個人技で生きているのは、理不尽な干渉を人から受けるのが嫌だったからだ。
50歳でローン完済したのも、借金や家賃で人生を縛られるなんて嫌だったからだ。