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【丸長 阿佐ヶ谷店】第1食 ”独り言”と”10円玉5枚”に関する一考察(付録:荻窪丸長と阿佐ヶ谷栄楽と東池袋大勝軒「特製もりそば」の由緒) 2017/07/30

阿佐ヶ谷での用事。
21時間(17:00~翌日14:00)。
「そんなの聞いてねえよ」
参りました・・・
地獄の深夜、やっと夕飯にありつく。
23:30過ぎ「丸長」の暖簾を発見!


阿佐ヶ谷栄楽
中野大勝軒創業者坂口正安氏が荻窪丸長→栄楽と渡って修行した店であり、中野大勝軒共同創業者であり親戚の山岸一雄氏が独立して東池袋大勝軒を出店した際につけめん(特製もりそば)を初めてメニュー化したことで知られる由緒あるお店。
中野大勝軒創業前、山岸氏も栄楽で修行している。


つけめんは、荻窪の職人たちの賄飯が起源とされる。
湯に余った麺を使って、もりそばのようにつけ汁につけて食べているのをみたお客さんが「食べてみたい」と興味を持ったことがメニュー化のアイディアになった。
荻窪に起源をもつ職人は長野県出身で日本そばの蕎麦打ち職人だった。
「特製もりそば」というネーミングは、お客さんに、日本そばの「もりそば」とは違う食べ物であると認知してもらうために名付けた。


さて、荻窪丸長創業メンバーのひとり青木保一氏が開いた栄楽という名称は、氏が荻窪から暖簾分けする際、戦後GHQ統治下にあり、日本人が料理店の営業許可を取ることが困難であったことから、屋号「丸長」を断念。
代わりに中国籍の料理人が持っていた「栄楽」という屋号を譲渡してもらって創業したことに由来する。
阿佐ヶ谷丸長は氏の長男が栄楽から独立して出店する予定であったが、長男が急死したため、氏の長女が、氏の弟子と結婚して1970年に創業した。
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昨年食べた目白の老人3人のシステムオペレーションを思い出してつけ麺を食べることにした。
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後続におっさんが入って来るなり、店員のお婆に「荻窪の丸長と関係あるの?」と質問。
そうとわかり入店。
この輩の独り言と鼻歌がチョーウザくて、キモチワルイのなんのって・・・
とりあえず、当該男と同時につけ麺が提供された。
麺が少ない・・・
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ずーっと鼻歌と独り言を言いながら食っていた男が食い終わると「麺だけもう一杯!」とお婆に要求!!!
お婆(多分、青木氏の長女)「もう遅いので・・・」
ははは!!!
あははっは!!!
いや、笑い事じゃなくて、俺も替玉頼みたかったよ!
独り言男が店を出て行った。
私は煙草を一服。
同時に、駄賃の支払い。
つけ麺650円なので、1200円を渡した。
するとお婆が「変わった支払い方するねぇ」とぼやいているのがわかった。
思わず「はぁ?」
その言葉、そっくり返すよ(爆)
お釣りを持ってきた。
すると、500円玉1枚と10円玉5枚・・・
小銭が邪魔だから、求めていたのは500円玉と50円玉だよ。
目が点になったと同時に「50円玉じゃないの?」と「独り言」をぼやいたwww
お婆「すみません」
やっぱり「変わっている」のはお婆です。
いやぁ、さすがに言葉を失った。


昔ながらのつけ汁の味も好き。
何より、店のエピソードがユニーク過ぎて(爆)
再訪希望ですね。

【参照】
丸長のれん会グループのルーツ