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【地域史】四谷大木戸と新宿追分(甲州街道と青梅街道分岐点) 2021/08/09

8/9(月)四谷大木戸と新宿追分(撮影 2019/4/6と4/7)


旧大木戸門門衛所
四谷大木戸跡(新宿区四谷4-9-21)
木戸の外側には、内藤新宿が、現在の新宿三丁目交差点(新宿追分)を越えたあたり(無印良品のある交差点)まで宿場町を形成した。
また、木戸門の外には、玉川上水の水番屋が置かれた。
水番屋は余水吐という施設で、玉川上水の水量調整を行い、余った水を排水として渋谷川に流した。
玉川上水吐(渋谷川)は、現在、新宿御苑→国立競技場(千駄ヶ谷)→外苑西通り→キャットストリート→宮益坂(宮益橋)→東横(渋谷駅)を暗渠している。
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以下、参考資料として、四谷大木戸と内藤新宿と余水吐がわかる地図を付しておく


江戸時代
四谷大木戸(江戸)


平成
四谷大木戸(平成)


四谷大木戸のモニュメントはもう一か所設置されている(新宿区四谷4-9-32)。
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四谷四丁目交差点全体
故岡田有希子さんが飛び降り自殺したのは左手のビル
オレの帝京高校入学式の日だった。
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四谷大木戸をあとに、内藤新宿、新宿追分へ。
現代では、甲州街道は玉川上水暗渠(新宿御苑)側へ。
旧甲州街道(国道20号新宿通り)は、新宿区道新宿通りとなる。
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新宿追分はちょうど写真の横断歩道の交差点。
都道305号明治通りとクロスする新宿三丁目交差点だ!
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追分だんご本舗(新宿区新宿3-1-22)
お店のPRでは、江戸築城の太田道灌にあやかったり、歴史を宣伝文句に使っていますが、別に江戸時代創業の老舗のだんご屋ではありません!
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新宿追分の意義
ちょうど、旧甲州街道と、荻窪、奥多摩方面に続く青梅街道の分岐点になったのが新宿追分。
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追分交番
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現在の青梅街道は、新宿大ガード西交差点を境に、靖国通り(都道302号)と青梅街道(都道4号)に分岐する。
旧道は、ここ!
JR線路の下をくねってスロープみたいになってる。
風情あるなあ、このくねくね感!
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地下道を抜けて
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新宿西口へようこそ!
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ここが現代の青梅街道の終点(靖国通り起点)
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ガード地下東口側(アルタ前)には青梅街道を紹介する案内が新宿区によって設置されている。
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参考前に、以下、古地図をアップロードする。


江戸時代
新宿追分(江戸)


平成
新宿追分(平成)


江戸と平成の重ね合わせ
新宿追分(江戸・平成)