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【地域史】小滝橋&”小滝台”中山御立場跡&”柏木停車場”東中野駅の歴史(東京愛犬専門学校生通学路の東中野ギンザ通りを網羅した安政3年・明治40年・平成16年古地図掲載) ★2026/3/30(月)9:58 2026/03/30

武州豊島郡柏木村デルタ地帯の頂点に聳える”小滝橋”


神田川に架かる小滝橋から下落合駅方面は知る人ぞ知る桜花見の名所。
目黒川には到底敵わないが、土日祝には、それなりにたくさんの花見客が押し寄せる。


武州豊島郡柏木村は小滝橋を頂点とし、神田上水(神田川)・小滝橋通り・青梅街道に囲まれたデルタ地帯を指す。
現在の北新宿一丁目、同二丁目、同三丁目、西新宿七丁目、同八丁目が該当する。


※安政3年(1856年)地図
20190123_233320(柏木村)


小滝橋という名称は、小滝橋の橋の下にあった堰から滝のように水が流れ込んでいたことが由来している。
「吉祥寺にあった油屋の小僧が大蛇を切ってしまい、その下アゴの骨がこの堰まで流されてひっかかった」という伝承がある。

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ところで、次の案内板「上戸塚村(現新宿区)」は誤植。
正しくは「戸塚村」だ。
小滝橋はその昔「東側の戸塚村と、西側は、橋の北に位置する上落合村と南に位置する中野村を結ぶ板橋」であった。

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中山御立場跡(東中野区民活動センター)
小滝橋の西側(東中野エリア)は急勾配の坂を登らなければならないような台地になっており、小滝台と呼ばれる見晴らしの良い高台だ。
小滝台の歴史は古く、旧石器時代の集石遺構や古墳時代の横穴式石室など小滝遺跡が発掘されたことから、遥か昔から人が生活し、ムラが形成されていたことがわかる。
また、小滝台は、江戸時代には徳川幕府指定の鷹場が置かれ、寛永12年(1635年)から嘉永6年(1853年)頃までこの地を管理した旗本中山主馬に因んで中山御立場と呼ばれるようになった。


小滝橋から東中野駅に移動する。
①明治39年6月14日 甲武鉄道「柏木合図所」を「柏木停車場」に改め、甲武鉄道中央東線が開業した
②大正6年1月1日 「東中野停車場」に改称
そして、現在のJR中央線「東中野駅」に至る。


以下の地図のランドマーク(赤囲い)はラーメンかしわぎを示す。
オレの社会人学生出身校は東京愛犬専門学校(2025年3月卒業)。
東中野駅を利用した専門学校生の通学路だった東中野ギンザ通りを網羅している。


平成16年(2004年)
20190123_223752(平成)


明治40年(1907年)
20190123_223841(明治)


安政3年(1856年)
20190123_223713(江戸)