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【カネキッチン】第102食 ①弁天池・葛ヶ谷分水等東長崎駅周辺暗渠②7/4以後一般提供予定「黒醤油らぁめん」特別提供3回目~余りスープ旨味の理由(with フランクミュラー”ロングアイランド”) 2019/06/27

今月は、年度更新(労働保険料申告)と賞与支払いの時期が重なり、来月前半は標準報酬月額算定に追われる。 そこに、特殊な態様の労働者を雇用するに当たり、特殊な届出を必要とするお客さんからの相談が舞い込んだりして、日々、暇そうでいて、そうでもない。 勿論、深夜は2か月工期の現場を持たされているから、天… 続きを読む

【らーめんヤマト】第23食 暗渠ワールド=長崎村の耕地整理 2019/06/25

豊島区長崎・南長崎の暗渠。 その多い理由がわかった。 大正時代から昭和にかけて耕地整理が行われたことに起因している。 練馬区旭丘、中野区江原町・江古田などの暗渠も同様の理由だろう。 江戸、明治の地図には存在しない暗渠の数。 昭和10年代の地図を手に入れようと思う。 ネギチャーシューめん7… 続きを読む

【元祖札幌や 丸の内店】第11食 南紺屋町(銀座1丁目)の暗渠も「藍染川」と呼ばれた溝だったのだろうか? 2019/06/24

土屋五郎右衛門が徳川家康から賜った「神田紺屋町」 同時に、京橋2丁目・3丁目(北紺屋町)と銀座1丁目(南紺屋町)の土地も拝領された。 土屋は紺屋頭に任命され、これらの地に藍染職人を集めて「町」を形成した。 ずっと前から気になっていた銀座1丁目の暗渠。 神田紺屋町の溝は「藍染川」と呼ばれたそう… 続きを読む

【カネキッチン】第99食 三元豚吊るし焼きチャーシュー手揉み麺と東長崎駅東南側の線路沿い暗渠(千川上水分水路) 2019/06/24

生憎の雨天。 自転車利用可能だが、東長崎カネキッチンへのんびり歩いて行くことにした。 無事、列び待ちポールポジションキープ! 天候不良だが、週始めなので、営業に出歩いている客層が雨宿り代わりに集う傾向がある。 やはり、社畜系の列び待ちが増え始めた。 それはそうと、カネキッチン公式Twitt… 続きを読む

【カネキッチン】第93食 ようこそ東長崎駅南口暗渠地帯へ!(用水路の流れていた東京信用金庫の路地裏にて暗渠蓋に設置された井戸水ポンプ発見!) 2019/06/14

お、すげぇ。 ラーメン西ちゃんが21連休! その後直ぐに、考え直してみた。 やはり「強気だなぁ」という解釈は大きな誤りだろう。 営業の如何を問わず家賃はマイナス(持ち出し) その上で、 ①営業してもしなくても収支が変わらない 又は ②光熱水費や原材料費を差し引くと営業しない方が持ち出… 続きを読む

【麺や金時】第4食 旭丘カルデサック蓋暗渠とエンガ堀暗渠 2019/05/22

汁なし坦坦麺850円 ご飯100円 お店からの帰り道。 気が向いたので撮影を試みた まずは香ばしい「旭丘カルデサック蓋暗渠」(練馬区旭丘2-11と12の間) スピンする「エンガ堀」(練馬区旭丘2-12と豊島区長崎6-7及び6の間) 「旭丘カルデサック蓋暗渠… 続きを読む

【画像と史料ですっきりわかる目黒1丁目界隈の郷土史】第5章 肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂Ⅳ~”ガッカリ名所”茶屋坂の検証 2019/05/22

【第5章】肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂 4."ガッカリ名所"茶屋坂の検証 ①旧茶屋坂の原形と爺々が茶屋の位置の検証 「茶屋坂と爺々が茶屋」 茶屋坂は江戸時代に、江戸から目黒に入る道の一つで、大きな松の生えた芝生の中をくねくねと下るつづら折りの坂で富士の眺めが良いところで… 続きを読む

【画像と史料ですっきりわかる目黒1丁目界隈の郷土史】第5章 肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂Ⅲ~行人坂と太鼓橋(一円相唐橋)・椎の木・夕日の岡(初代・2代目歌川広重と初代歌川国貞と長谷川雪旦のスケッチとともに) 2019/05/22

【第5章】肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂 3.行人坂と太鼓橋(一円相唐橋)・椎の木・夕日の岡(初代・2代目歌川広重と歌川国貞と長谷川雪旦のスケッチとともに) ①行人坂 坂下から撮影した行人坂 急勾配15.6%(8.8度)の坂で、徒歩5分を要する350mの難所。 行人坂は… 続きを読む

【画像と史料ですっきりわかる目黒1丁目界隈の郷土史】第5章 肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂Ⅱ~金毘羅坂(廃仏毀釈運動の犠牲になった金毘羅大権現社・別当寺曹洞宗鳳林山傳燈院高幢寺) 2019/05/21

《資料》安政3年(1856年)実測復元地図(行人坂・権之助坂・金毘羅坂) 《資料》明治40年前後実測復元地図(行人坂・権之助坂・金毘羅坂) 《資料》安政3年・平成15年重ね地図(行人坂・権之助坂・金毘羅坂) 《資料》明治・平成15年重ね地図(行人坂・権之助坂・金毘羅坂)… 続きを読む

【画像と史料ですっきりわかる目黒1丁目界隈の郷土史】第5章 肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂Ⅰ~千代ヶ崎抱屋敷南側境界線の権之助坂 2019/05/21

【第5章】肥前国島原藩主松平主殿頭千代ヶ崎抱屋敷周辺の坂 1.千代ヶ崎抱屋敷南側境界線の権之助坂 ①由来 行人坂が急勾配なので、新たに緩やかな坂として開かれた権之助坂(上大崎村永峯町)は、ちょうど、松永主殿頭抱屋敷の南端に沿っていた。 《資料》安政3年(1856年)実測復元地図(行人坂・権之… 続きを読む