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古道「椎名町道」3.3kmの旅②(子育て地蔵尊への分岐路・御嶽神社・谷端川分水・要町2丁目の破損した庚申供養塔・長崎富士) 2019/02/10

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講演

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東京都知事小池百合子さんにテレビで紹介されました!

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漸く椎名町駅付近を離れる。
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都道441号拡張工事による立ち退き。
うちの周辺も家々が退転し、殺風景な状態になっている。
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豊島区長崎1-25-18と1-27-13の間に到達。
ここで五差路となっている。
左右の道は新しい道であるが、直進道は2つに分岐する。
椎名町に住むようになってから不思議に思っていた。
右の道は地蔵通りに通じる道(「子育て地蔵」がある)と想像できたが、左の道が意味するところが今までわからなかった。
答えは「椎名町道」
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一旦椎名町道を外れて、右の古道を進んで「子育て地蔵尊」へ。
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武州豊島郡長崎村字地蔵堂
この周辺は戦国末期に関八州を併合した北条氏の重臣長崎次郎高重の領地だった。
戦で親を亡くした孤児や周辺の子供を集めて読書と御仏の教えを説いたお坊様(尼さんとも言われている)がいて、その方が寺小屋と地蔵堂を建てたのが由来のようです。
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左の道「椎名町道」に戻る。
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少し進むと御嶽神社がある。
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以下の画像に記された由緒書きの時期がいつの時期かわからない。
創建時期不明であり、新編武蔵風土記稿にも、江戸時代の古地図にも、明治43年頃の地図にもその存在が描かれていない。
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椎名町道を北進すると、右手には城西大学付属中・高校。
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同所を南側から撮影
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要町通り方面へ北進。
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上の画像左手にある前原塗装店付近の交差点(左右の道)は、当時、谷端川(千川)分水が流れていた(暗渠)。
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右側(暗渠)
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左側(暗渠)
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要町通りへ到達。
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要町通りを渡る
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南側(要町通り)を撮影
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要町2-25には無造作に破損した庚申供養塔が置かれている。
もう少し大切に保管した方が・・・
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供養塔には地主の名が刻まれている。
大山、秋元、本橋、荒井、鴨下、田嶋、坂本の姓が見られる。
秋元、鴨下、田嶋姓は、長崎地区(要町通りの南側)の地主です。
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長崎富士(富士浅間神社)へ向かう。
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影になってしまい全体像がうまく撮影できない。
非常に保存状態が良い富士塚です。
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富士塚の頂上
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豊島区と板橋区の南北の境界にある「さいわい通り」(板橋区)へ向かう。
さいわい通りから北側の道は「兵隊みち」(椎名町道重複路線)と呼ばれている。
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【参考リンク】

板橋宿本陣・板橋・板橋大木戸と火の見櫓・縁切榎(板橋宿上宿・仲宿)

妙法寺参詣道(堀之内道)から鍋屋横丁”お題目石”(鎌倉街道)・鍋屋横丁交差点(青梅街道と鎌倉街道)へ

堀之内新道歴史探索!堀之内新道と大久保通り交差点(田中稲荷前)

清戸道(旧目白通り~目白通り二又商店会~千川通り・・・清戸下宿・館村)

鎌倉街道を行く(笹塚十号通り~南長崎6丁目)

太田道灌~江古田原・沼袋古戦場!

古道「椎名町道」3.3kmの旅①(金剛院・長崎不動尊・十羅刹女社改め長崎神社・帝銀事件)

古道「椎名町道」3.3kmの旅②(子育て地蔵尊への分岐路・御嶽神社・谷端川分水・要町2丁目の破損した庚申供養塔・長崎富士)

古道「椎名町道」3.3kmの旅③(”兵隊みち”や”鎌倉街道中道”との重複路線・旧川越街道下頭橋通りとの合流)