【地域史】世代感「南長崎6丁目交差点」エリア(千川上水暗渠ビフォーアフター比較画像+水番所跡+籾山牧場跡+西武鉄道の造語「えこだ」) ★2026/4/3(金)5:47 2026/04/03
9年間居住した練馬区・中野区・豊島区・新宿区境界地「南長崎6丁目交差点」エリア
練馬区旭丘1-12-3から豊島区南長崎6-9-11方面の眺望
都道439号千川通り&千川上水暗渠に植樹された桜並木
暗渠は向かって右の歩道

1997年2月〜2005年1月
延べ3箇所9年間居住した南長崎6丁目エリア
豊島区南長崎6-9-5→新宿区西落合4-17-19→豊島区南長崎6-15-20
このエリアは、練馬区(旭丘1丁目)・中野区(江原町3丁目)・豊島区(南長崎6丁目)・新宿区(西落合4丁目)のほぼ境界地点に位置する。
※写真は桜並木のある都道439号千川通り起点(旧道清戸道)と都道420号(旧道鎌倉街道中道)の交差点
千川上水はここで左折(写真から見て右手の方向に流路を変更)し、鎌倉街道中道に沿って北上する

今度は鎌倉街道北側に場所を変えて交差点を撮影。
撮影地点は、千川上水(飲水)を管理するための水番所が置かれた場所(南長崎6-14-3セブンイレブン駐車場)
写真左手のマンションは明治時代の牧場(籾山牧場)跡地
※のちに摂取され明治乳業豊島工場となる

★以下、昭和27年当時の画像は
旭丘東商店会
ギャラリーより転載
【練馬区旭丘1-1-1 ビフォーアフター世代感】
①1952年千川上水暗渠工事中
左手は赤チン工場

②2026年千川上水暗渠桜並木
左手は都営江古田第2アパート(赤チン工場跡地)

今度は①②の反対側から撮影
③1952年千川上水暗渠工事終了後
右手は赤チン工場

④2026年千川上水暗渠桜並木
右手は都営江古田第2アパート

【豊島区南長崎6-33乃至32 ビフォーアフター世代感】
1952年千川上水と鎌倉街道中道と西武鉄道
2026年千川上水暗渠と都道420号と西武鉄道

付録
読み仮名「えこだ」は西武鉄道が勝手につけた造語
大江戸線新江古田は歴史に倣って「しんえごた」
江古田駅のある練馬区旭丘は江戸時代、新田開発のため武州多磨郡江古田村(中野区江古田)から分村した武州豊島郡上板橋村字江古田(→上板橋村字江古田新田→練馬区旭丘)
※練馬区は板橋区から独立した
読み仮名「えこだ」は西武鉄道が勝手につけた造語
大江戸線新江古田は歴史に倣って「しんえごた」
江古田駅のある練馬区旭丘は江戸時代、新田開発のため武州多磨郡江古田村(中野区江古田)から分村した武州豊島郡上板橋村字江古田(→上板橋村字江古田新田→練馬区旭丘)
※練馬区は板橋区から独立した— Desertmoon (@desert_moon1984) April 2, 2026
南長崎6丁目エリア
※ランドマークは千川上水水番所跡地





